真昼のプリニウス:美しい文章で展開される、知的な小説

本の概要

頂上で、わたしの世界に何かが起こる――情報過多の社会で自らの生き方に疑いを覚え、女性火山学者は火口を目指した。自然をそのままに見つめることで、紡ぎだされる物語の美。静かに心を打つ稀有の小説世界。

読んでみて思ったこと

のんびり読める小説です。登場人物が知的で面白く、彼らの発言から学びがあります。池澤夏樹さんの美しい文章で展開されるので、オススメの一冊です。

» 真昼のプリニウス(著:池澤夏樹)

僕のハイライト

ものを売るというのは、その結果として出てくることで、実際にやっているのは情報の整理と加工に近い。

人はみんな遺伝子を次の世代に送りとどけるための乗り物でしかない。わたしたち一人一人の人生に意味があるというのは錯覚で、大事なのはホモ・サピエンスという種が存続することだけ。そう考えると、生物学ってとてもわかりやすくなる。わたしたちは遺伝子という生意気なヒッチ・ハイカーに利用されているだけなのよ。

世の中には、あんたの動きにつれて世界が現れるという考えかたもある。あんたの見ている世界とわしが見ている世界はまるで違うかもしれん。あんたにとって大事なのはあんたに見える世界だ。他人の見ている世界と共通するものだけを見てはいかん。

目の前の土の色を見て、路面の起伏を見て、木々のしっとりとした緑を見て、枝と葉の間に見える浅間の姿を見て、少し息が苦しいくらいのペースで足を運ぶ。そうしていれば、ものを考えないですむ。言葉が頭の中で脈絡なく飛びかうのをそのままにほっておく。

上に立つ者は下の者の苦痛を快感として受け取るのだ。

プリニウスの死の一件を学生に話した時のことを思い出す。プリニウスさん、あなたは本当に友人を助けようと船を出したの? それとも、火山の噴火という稀有の現象が見たくて、それを間近に観察することが人類の啓蒙と幸福に役立つと信じて、それで危険を冒して出ていったの? 理屈抜きにただスペクタキュラーな光景をそばで見たいと思っただけ? ガスに巻かれた時、あるいはあまりの興奮に老いた心臓がはりさけた時、あなたはどんな気持ちだった? 罠にかかったウサギのように、しまったと思った? それとも、その瞬間を通じて向こう側が見えた気がした?

頼子は大きな岩に背中をあずけて、山頂に真昼が到来するのを、静かに待った。

» 真昼のプリニウス(著:池澤夏樹)


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