砂浜に坐り込んだ船:池澤夏樹さんの透き通った文章を楽しめる短編集
本の概要
短編集です。悲しみを乗り越える人々を、時に温かく時にマジカルに包み込むストーリー。著者は二十代から世界各地を旅し、ギリシャ、沖縄、フランスで暮らす。
読んでみて思ったこと
池澤夏樹さんの、透き通った文章を楽しめます。
しかし私の目には街並みはこの上なく美しいものに見えた。たしかに変わり果てた。それは間違いない。人が住んでいないのだから。それでも見慣れた景色、知っている街並み、よく歩いた道路だ。
喉が渇いた者が水を飲むように私は目前の風景を目から吸収した。まるで自分が一塊の海綿のように思われた。もう一度見られるのなら二度と町の外へ出られなくてもかまわない。そう考えて戻ってきた。東京のあんなところで十年がかりで乾いてゆくくらいならばここで二週間で溺れた方がいい。
だいいち、こっちは空がきれいだ。木々はもちろん、冬を越して黄色く干からびた雑草の色だってきれいに見える。人はいない。もしもここで誰かに会うとしたらそれは防護服を着た巡回の警察官か何かであって昔の隣人たちではないだろう。見つからないようにしなければならない。稀に一時帰宅の機会は与えられるがここに住むなどはこの先まだ何年も許されることではない。自分の土地、自分の家なのに。
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