【読書ログ】世界から猫が消えたなら【まったり楽しめる+感動する小説】
サクッと読めて楽しい小説。世界設定に若干だけ無理がありますが、大きな違和感なしで読めました。印象的な部分だけ引用します。
「目をつぶって欲しいでござる」 「どういうこと?」 「いいから。目をつぶるでござるよ」 僕はゆっくりと目をつぶる。 すると暗がりから、母さんの姿が現れた。 懐かしい記憶。あの頃の記憶。 子どもの頃、僕はよく泣いていた。そして、なかなか泣きやまなかった。 いつまでも泣いている僕に、母さんは優しく言った。 「そのままゆっくりと目をつぶって」 「どうして?」 「いいから。やってみるのよ」 僕は泣きながら目をつぶる。 暗がりのなかを、悲しみが黒い渦になって、ぐるぐると回っているように見えた。 「何を感じる?」 「とても悲しいよ、母さん」 僕は答え、ゆっくりと目を開けた。 母さんは、僕の目を見つめながら続けた。 「じゃあ次は笑顔を作って」 「無理だよ」 「無理やりでもいいから」 心と体がちぐはぐで、なかなか上手に笑えない。顔は笑っているけれど、心は悲しみに掴まれてしまっていて、涙が止まらないのだ。 ゆっくりでいいよ、という母さんの声に励まされて、僕は無理やりな笑顔を作った。 「じゃあまた目をつぶって」 母さんに促され、ゆっくりと目をつぶる。 無理やりな笑顔で目をつぶった僕の心はなぜだか穏やかで、黒い渦はもう見えなくなっていた。そして闇の中に朝日が昇るように、クリーム色の優しい光が広がっていく。その光を見ていると、しだいに僕の心は温かくなり、優しい気持ちに包まれた。 「どう?」 「うん。もう大丈夫だよ」 「良かったわ」 「母さん、どうやったの?」 「内緒」 「なんだよそれ」 「ちょっとした魔法みたいなものよ。もしいつの日か、あなたがひとりでどうしようもなく悲しいときは無理やりでも笑って目をつぶればいいの。同じように何度でもすればいいのよ」 キャベツが思い出させてくれた、母さんの魔法。
三十年間も生きてきて、僕はいまはじめて気付いたのだ。 自分が存在した世界と、存在しなかった世界。そこにあるであろう、微細な差異。 その小さな小さな〝差〟こそが僕が生きてきた〝印〟なのだ。
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